歯は噛む他にいろいろな働きをしている
軟らかい倉物ばかりがもてはやされる昨今、人々は噛むことを忘れてしまっているようです。
弥生時代では4,000回、戦前でも1,400回であった1回の食事で噛む回数が、今ではなんと600回です。この噛まない生活が全身の健康にとって、どのような影響を与えているのでしょうか。高齢化時代を迎えて健やかに老いるために、今回は噛むことの効用について改めて考えてみることにしました。
丈夫なあごや、歯肉をつくる
歯は歯根膜と呼ばれる無数のたんぱく質せんいによって、あごの骨に結びつけられています。噛むという機械的刺激は、この繊維を通してあご全体に分散されて組織をつくっている細胞に力を与えます。
あごの骨は小学校入学のころから急速に成長するが、最近はハンバーグやスパゲティなど軟食化が進み、あごがあまり使われず充分に発育しません。しかし歯の本数と大きさは変わらないので、小さなあごに並びきれずに歯列不正となります。
食物がはさまってむし歯にも歯周病にもなりやすくなります。左右の歯並びが極端に違うと顔もゆがみます。さらに背骨まで曲がることにもなりかねません。これは、とても恐ろしいことです。噛まない習慣は、若者に歯周病やあごの関節症を増やします。歯ぐきの骨の細胞はカルシウムなどの栄養を取り込みますが、噛む力が弱いと代謝機能がうまくいかず、骨が発育不良になり次第に歯ぐきの抵抗力も弱まります。
また、噛むことによって分泌が促進される唾液中のパロチンというホルモンは、血液の中に入り骨や歯肉を丈夫にしてくれます。さらに歯は萌出後も唾液から浸透してくるカルシウムやフッ素によって再石灰化が絶えず行われ、丈夫にもなります。
よく噛むことにより分泌される唾液には歯や歯肉をきれいに掃除する自浄作用、食物の中の酸を薄める中和作用などもあり、むし歯や歯周病の予防にもなっています。
“がん”の毒性を薄める効果も
よく噛むことによって唾液は大量に分泌されます。唾液の中にあるペルオキシダーゼという酵素には、発がん性物質の毒性を薄める効果があるといわれています。唾液を混ぜる時間が長いほど毒消し効果は強く、毒性が元の1~2割に薄まるのに約30秒を要するそうです。成人でも子どもでも、1回噛むのに大体1秒かかります。
「食事は1口30回」が望ましいわけがここにあるわけです。でも、なぜ毒性が消えるのでしょうか。発がん性物質がつくり出す活性酸素を、唾液に含まれるペルオキシダーゼが消してしまうからです。
このほかにも有害な細菌の発育を妨げるタンパク質など、さまざまな有効成分が唾液には含まれています。
体温を上げて肥満を防ぐ
よく噛んで食べると食後に身体がポカポカして発汗が盛んになる。熱として体外にエネルギーが捨て去られることによって肥満の予防になります。よく噛んで食べて味覚が刺激されるとノルアドレナリンの分泌が高まり、全身の細胞の活動が活発になるからです。これが熱の発生源になることになります。
また、栄養分が消化吸収されると血液の血糖値が上がり、大脳から、「もう食べたくない」という指令が出てきます。急いで食べると、血糖値が上がる前にたくさん食べてしまいます。よく噛んで食べると、少ない量で満腹感が得られるということです。
発育を支えボケを防ぐ
噛むことの刺激で脳血管が拡張して血流が増えてきます。脳の活動を高めるには血液がぶどう糖や酸素などの栄養分を運ぶ必要があり、血流量の増加が、脳の覚醒の条件の1つになります。脳の延髄と間脳の間の網様体が目覚め信号を出すからです。噛む動作は脳の中枢神経を仲立ちとして、運動や呼吸、ホルモンなどをつかさどる内分泌の働きと複雑に絡み合っています。
噛むことによって分泌されるパロチンには、子どもの発育促進、大人の老化防止の働きもあり、これらがあいまって噛むことは老人性痴呆の防止に役立つことになります。以上のほか、よく噛むことにより、「水晶体の筋肉の老化が間接的に防止され視力の回復につながる」「首すじや肩、胸の筋肉が正しく働くことによって姿勢が良くなる」など、多くの効用があげられています。
ものを噛むことは筋肉の老化を予防し、噛む衝撃で脳血管障害が予防されると言われ、高齢化時代を迎えて噛むことが見直されていることは至極当然と言えるでしょう。