舌の正しい位置をご存じですか?~子どもからお年寄りまで大切な心がけ~
- 2023/02/08
- 歯とお口の基礎知識
この記事の目次
舌を正しい位置に置くことは大事な心がけ
皆さんは、普段、ご自分の舌がどの位置にあるか、意識していらっしゃるでしょうか。
おそらく、「気にしたことがない」とおっしゃる方がほとんどだろうと思います。しかし、舌が正常な位置にあることは、思いのほか大事なことなのです。
舌は、お口のなかの中央にある筋肉でできた突起物であり、形や位置を自由に変え、ほかの筋肉や器官と連携しながら、とても大切なはたらきをしています。
たとえば食物と唾液とを混ぜ合わせ、正しく食道に送り込んで、誤って気管に入ることがないようにしたり、滑舌よく言葉を話すのを助けたりといった役割を、ほとんど無意識のうちにこなしているのです。
舌がこのような役割を果たすためには、複雑なメカニズムが正しくはたらく必要があり、呼吸を維持しながらおこなうのは容易とはいえません。
普段から舌を正しい位置に置くことは、噛んだものを唾液と混ぜ合わせる、正しく飲み込む、滑舌よく話すといった舌の機能を正常に維持するための第1歩といえます。
正しい舌のポジションは「スポット」
では、正しい舌のポジションとは具体的にどこを指すのでしょうか。
上顎(上の口蓋)の前歯(切歯)の裏側に「スポット」と呼ばれるスペースがあり、普段はここに舌を置いておくことが大切です(図1)。
図1 舌を上顎の「スポット」に置くことが大事
ところが、たとえば何らかの理由で舌が下の前歯の裏側にある「低位舌(ていいぜつ)」と呼ばれる状態では、舌の機能が十分にはたらかなくなり、さまざまな弊害が起こることが危惧されます。
子どものころから安静時の舌の位置が悪いと、顔、口蓋、歯槽骨が狭くなり、歯が正しく生えてくるためのスペースが十分に確保できなくなります。
保護者の皆さんは、お子さんの普段の舌の位置に気をつけてあげてください。
舌の位置が正しくないとさまざまなトラブルが
安静時の舌の位置が適切でない例とその影響は、以下の通りです。
1.舌が下顎に置かれ、舌の先端が下の前歯を押している場合
舌が下方にあると、下顎前歯や、下顎骨が前方や下方に位置する「下顎前突症(かがくぜんとつしょう)」や、「開咬症(かいこうしょう)」になってしまうことがあります。
舌が前や横、上下の歯間に出てきて、乳歯が抜けた後の空いたスペースに舌が入り込む状態が続くと、歯の正常な発育が妨げられ、正しい噛み合わせ(咬合)ができなくなります。
2.舌が後方に位置する場合
気管と食道の分岐を妨げ、気道が狭くなることがあります。また、寝ている間は舌の筋肉のはたらきが悪くなります。このような状態では、上気道が部分的または全体的にふ さがれてしまい、いびき、低呼吸、ひいては睡眠時無呼吸を引き起こし、社会的および病理的に重大な結果をもたらす可能性があります。
半分以上の人々がしている口呼吸の弊害
ここで、舌の位置と鼻呼吸の関係に触れておきましょう。
呼吸のしかたには主に口呼吸と鼻呼吸の2通りあり、生理的(健康的)な呼吸は鼻呼吸とされています。
安静時には、特に鼻から吸って鼻から吐く、あるいは鼻から吸って口から吐くことが大切です。しかし、実際には半数以上の方々が口呼吸をしており、さまざまな弊害を起こすおそれがあると考えられています。
舌の位置が悪いと、鼻呼吸がうまくできず口呼吸になりがちです。
鼻には、細菌、ウイルス、アレルゲン、有害物質などの異物が体内に入るのを一次的に防ぐフィルターとしての役割があります。
口呼吸ではこうした役割が十分に機能しないため、炎症、アレルギー、むし歯(う蝕)、歯周病、口臭などリスクが高まる可能性があるのです。
また、口呼吸では気道が狭くなりがちで、呼吸するときに頭を前傾させたり、上向きにしたりするなど、姿勢にも影響が出ることがあります。
一方で正しく鼻呼吸をすることは、脳のはたらきを高めることにもつながると期待されています。
脳は、私たちの体内で一酸化窒素のはたらきがもっとも期待される器官です。
一酸化窒素は血管拡張作用や神経伝達物質としての作用をもつことが知られ、最近ではアルツハイマー病をはじめとする認知・記憶障害との関係を指摘する報告が数多く示されています1)。
口呼吸をする子どもは鼻呼吸をする子どもに比べて、学習能力(読解・算数)や記憶力が劣るともいわれています。
舌の位置を改善して唇の筋肉を鍛える体操
これまでに説明したように、舌の位置が悪いと舌の機能不全により口呼吸が助長されます。そのため、正しい鼻呼吸ができなくなり、ひいては深刻な問題が起こりかねません。
では、舌を正しいポジションに置き、口呼吸を改善するには、どうしたらよいのでしょうか。
まずは、舌の位置を改善することが大切です。あなたやお子さんの舌は、普段、スポットと呼ばれる正常な位置にあるでしょうか。
スポットに舌が置かれていない方は、「ガムトレーニング」という方法で正しい位置に戻しましょう。
これは、①ガムを噛んで舌の上で丸める、② スポットに舌がくるようにガムをスポットにつけ、約3秒間押して広げるというものです。このトレーニングを1日に3分以上おこなうとよいでしょう。
次に大事なのは、お口をムリなく閉じられるようにすること、つまり口唇の筋力強化です。
口唇の筋肉を鍛えるためには、「あいうべ体操」をおこなうことが勧められます(図2)。このほか、糸につけた大きめのボタンを唇と前歯の間に挟んで引っ張る「ボタンプル法」や風船を膨らませるなどのエクササイズも効果的です。
健康のためには、普段から舌を正しい位置に置くこと、鼻呼吸に努めることが大切です。
このことは、小さなお子さんだけでなく、お年寄りが誤嚥性肺炎などにかからないようにするためにも大事な心がけといえます。
舌の位置が正しくないとさまざまな問題が生じますので、思い当たる方は歯科医院を受診して相談されることをお勧めいたします。
図2 唇を正しく閉じるための「あいうべ体操」
■参考図書・文献
山口秀晴・大野粛英著・橋本律子:著『はじめる・深めるMFT-お口の筋トレ実践ガイド-』デンタルダイヤモンド社:刊
1)戸田昇,安屋敷和秀「一酸化窒素を介する脳血流調節とアルツハイマー病:最近の知見」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/135/1/135_1_20/_pdf/-char/ja
神奈川県歯科医師会・厚木歯科医師会会員
さとう歯科クリニック 佐藤 宏憲