障害者の方々への歯科医療の取り組みについて
- 執筆者
- 神奈川県歯科医師会・横須賀市歯科医師会会員 有輪 理彦
- 2024/11/27
- 歯とお口の基礎知識
神奈川県では、障害を持った方々が安心して歯科治療を受けられるよう、さまざまな取り組みに力を入れてきました。今回はそのことについてご紹介していきます。
この記事の目次
そもそも障害とは??
障害を持った方々への歯科医療を考えるとき、まず障害とはなんなのかをしっかりと理解しておく必要があります。
WHOでは、病気の帰結としての障害を「機能障害」「能力障害」「社会的不利」の3つの相に分ける事を提案しています。
まず、「機能障害」とは、病気に伴い、不快だったり有害だったりする症状を自覚していたり、また検査などによって正常範囲から逸脱した結果が示されたりしていて、それが比較的続いている状態のことを言います。病気は通常であれば治癒し、もとの健康状態に回復しますが、ときには慢性化し経過が極端に長くなる場合や、治癒しても後遺症を残し長期に及ぶ場合があり、その人の活動能力が欠けたり制約が続くことになります。この状態を「能力障害」といいます。さらにこれらの障害があることが、社会的存在としての個人が不利益を被る状態のことを「社会的不利」といいます。
また、わが国では社会的不利を負う人々への福祉行政を行うために、障害者基本法第2条により障害者を次のように定義しています。「障害者とは、身体障害、知的障害または精神障害があるため、継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者をいう」。つまり、障害者は何らかの身体的または精神的な社会的不利があり、それが短い期間に改善・治癒しなかったり、生涯にわたって継続していて、しかもその程度が重い方のことをいいます。なお18歳未満の者を障害児、18歳以上の者を障害者と区別することがあり、両者を総称するときには障害児(者)と呼んでいます。
「身体障害」とは、上肢、下肢、体幹の運動障害(法的には肢体不自由と呼ぶ)、視覚・聴覚・平行機能の障害、音声障害、言語障害または咀嚼機能の障害、固定的臓器機能障害を指します。その程度によって重い方から1級より7級に分類されています。また「精神障害」には、知的障害とその他の精神障害があります。1,2級の身体障害と重度の知的障害(精神発達遅滞)を合併している小児については、重症心身障害児として扱うこととなっています。
歯科治療の現場で
歯科の現場でも、身体障害の方ではたとえば手が不自由なため歯磨きが出来ない、足が不自由なために来院が困難、といったことがあります。また知的障害の方では清潔の概念を理解することが難しく効果的な歯磨きが出来なかったり、歯科医院に来院できても治療の必要性を理解することが困難でどうしても非協力的になり治療が出来ない、といったことも生じます。
歯科医師や歯科衛生士はこうした様々な困難性を理解し、専門的立場から効果的な歯科医療の手段で臨む努力をしなければなりません。障害者はその障害と種類によって口腔衛生状態が著しく異なります。例えば、緊張の強い脳性麻痺では口を開けるのも難しいため、家庭での口の中の清掃は不十分になりやすいものです。しかも食べる機能の障害や舌の機能、口蓋の形態から、自浄作用の効果が少ないと、食物がそのまま口腔内に残りやすくもなります。また知的障害の方は歯磨きを嫌がったり、自分で磨く場合でも清掃を意識していないこともあり、清潔に保たれていないこともあります。特に自分で歯磨きをする場合はそれだけで周囲が安心してしまい、実際にはよく磨けていないことを見逃してしまいやすいものです。このように、口腔衛生の状態に障害が直接関係することも、一般的な歯科医療とは異なる障害者歯科の特徴です。
さらに、障害者の方が暮らしたり活動している環境は、自宅だけでなく、幼稚園や学校などの教育施設、障害者のための授産や更生施設などの福祉施設、リハビリテーションセンター、重症障害者施設などの医療を伴う機関など、障害の種類や程度、年齢によってさまざまです。そうしたことも歯科治療で考えておかねばなりません。
また、18歳未満の障害児の方に接する機会も多くあり、その際には、成長発達に障害が及ぼす影響と歯科との関係も観察していく必要があります。特に口腔機能に生じる発達障害は全身的な影響を与えやすいものです。その代表的なものが摂食障害です。食べる機能の障害は身体全体の発育や精神発達に強い影響を及ぼしますので、口腔だけの問題とせずに全身的な影響を考えた管理が必要になってきます。
いっぽう、高齢者での摂食障害は誤嚥下肺炎や栄養障害、体力の低下を招くこともあり、これも咀嚼や嚥下の障害といった局所の問題ではなく、全身的な影響を考えながら治療する必要があります。
神奈川県での取り組み
ここからは、神奈川県での障害者歯科診療への取り組みについてご紹介していきましょう。
神奈川県では、昭和54(1979)年度に県の委託事業「心身障害児者歯科診療奨励事業」が始まりました。そして、神奈川県独自の障害者歯科医療のシステム化が発案され、実行に移されていきました。さらに昭和59(1984)年度からは県の補助による「心身障害児者歯科医療推進事業」が始まり、今日に至っています。また政令指定都市である横浜市、川崎市、相模原市の各歯科医師会では、障害者歯科医療にそれぞれ独自の活動を続けています。近年では、これら三つの歯科医師会も県歯科医師会と共同でこの事業に参加する機会が増えています。
神奈川県歯科医師会では、障害者の方への歯科治療の充実をより図っていくために、会員に対しての障害者歯科研修を実施しており、その研修を修了した歯科医による診療が各医院で行われています。
その医療は、次のような3つのフェーズに分けて行われています。
★一次医療
通常の歯科診療所の人員と装備で対応できる医療。診療内容により、段階的に二次医療機関や、二次医療機関に準じる医療機関、三次医療機関へ紹介しています。
★二次医療
集約された人員と装備と、やや高次の内容を持つ医療。緊張や恐怖心を和らげる効果のある麻酔薬を利用した診療に対応できる医療機関もあります。
こうした医療機関は横浜市に1か所、川崎市3カ所、相模原市1か所、さらにこれら政令指定都市を除いた県域を5つの診療圏に分け、二次医療センターを各診療圏に設置しています。現在、藤沢市(北・南)2か所、横須賀市、厚木市、平塚市、小田原市、逗子市、鎌倉市に二次医療センターが設けられています。
★三次医療
専門的で包括的な内容を必要とする医療(全身麻酔下治療を含む)。下記の5か所の医療機関では、専門的で包括的な内容を必要とする診療が行われています。全身麻酔や入院にも対応できます。
※神奈川県立こども医療センター歯科、神奈川リハビリテーション病院歯科口腔外科、神奈川歯科大学附属病院障害者歯科、神奈川歯科大学附属横浜クリニック小児障害者歯科、鶴見大学歯学部附属病院障害者歯科。
詳しくはこちら https://www.dent-kng.or.jp/iryou/shougai/ をご覧ください。
このように、一次・二次・三次に区分した医療体系を図り、障害を持った方々の歯科口腔管理の健康に努めています。ぜひとも安心して歯科治療、相談においでいただければと思います。
- 執筆者情報
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有輪 理彦神奈川県歯科医師会・横須賀市歯科医師会会員
アリワ歯科医院