周術期等口腔機能管理って何!?

執筆者
神奈川県歯科医師会 会員 石川 博之

手術前後の歯科医師の大切な役割

超高齢化社会を迎え、国民の2人に1人は一生のうちにがんと診断されるといわれています。また、加齢にともない心臓病やひざ・腰・股関節などの疾患、骨粗鬆症、骨折、リウマチなどのリスクも高まります。
こうした疾患で全身麻酔による手術やくすりによる治療、放射線療法などを受ける際、治療前後にお口のケアに努めることで有効性、安全性が高まることがわかってきました。
今回は、こうした背景から注目される「周術期等口腔機能管理」について解説します。

がん医療の進歩の恩恵をよりよく受けるために

かつて「不治の病」と恐れられていたがんも、最近では医療の進歩により患者さんの生存率が目覚ましく向上するとともに、生活の質(QOL)を高く維持することが期待できるようになりました。

がんの手術は術式(手術のテクニック)が高度に洗練される一方、「ダビンチ」などのロボット手術が導入され、切除範囲を必要最小限にとどめて患者さんの身体への負担を少なくすることが可能になっています。

化学療法についても、正常な細胞を傷めることなくがん細胞をピンポイントで攻撃する分子標的治療薬や制吐剤(吐き気止め)などの開発が進み、有効で副作用の少ない治療が行えるようになりました。

同様に放射線療法でも、従来の治療法に改良が進むとともに重粒子線治療や陽子線治療の保険適用が拡大し、多くの種類のがんにおいて有用性の高い治療が過大な経済的な負担を強いられることなく受けられるようになっています。

また、白血病などの血液疾患については、患者さんとHLA型(白血球の型)が適合するご家族がいない場合でも、骨髄バンクに登録されたドナーから骨髄細胞の移植を受けることができます。

心疾患やひざ・腰・股関節の疾患、リウマチも

このような医療の進歩により、がんの手術をした患者さんが退院後、病院に通院して外来化学療法を受けながら社会復帰を果たすことが、むしろ当たり前のことになりました。

病期が進んで著しい治療効果が認められなくなった場合でも、適切な緩和ケアを受けることによりできるだけ意識を保ったまま苦痛を和らげ、ご家族や親しい友人とともにその人らしい人生をまっとうすることができます。

一方、加齢にともない心疾患や骨折、ひざ・腰・股関節疾患などのリスクが高まることから、全身麻酔下での手術やカテーテル治療、補助人工心臓の装着、人工関節置換術などを受ける人々も増えています。

不慮の事故や急激な病状の悪化により救命救急センターや集中治療室(ICU)に搬送され、人工呼吸器を装着される方々が多数おられます。
また、持病の治療のため骨粗鬆症のくすりやステロイド、免疫抑制薬などを処方される患者さんも少なくありません。

治療前後に歯科医師、歯科衛生士が口腔ケアを実施

口腔ケア

このような治療を成功に導くためには、病院の主治医(医科医師)からの依頼を受け、治療前後に歯科医師、歯科衛生士が歯周病やむし歯の治療やお口のケア(口腔ケア)を行うことがきわめて重要です

こうした背景のもと、2012年(平成24年度)には「がん対策基本法」などに基づき、診療報酬に「周術期等口腔機能管理」が新設され、保険収載されました。

周術期等口腔機能管理の「周術期」というのは、手術が決定してから退院までの期間を指します。

ただし、周術期に「等」という文字が付けられていることが示すように、手術だけでなく化学療法などを含めた包括的な治療の前後と考えてよいでしょう。「口腔機能管理」は、歯周病やむし歯の治療、口腔ケアのことを指します。

では、手術や化学療法、放射線療法などの前後に歯周病やむし歯の治療、口腔ケアが必要な理由とはどのようなことでしょうか。

口内には300〜700種類、4,000億個の細菌が生息

私たち人間の口には、実は300〜700種類、約4,000億個の細菌(口腔内細菌)が生息しているといわれています。そのなかには、歯周病やむし歯、肺炎などの感染症の原因になる細菌が多く含まれます。

こうした病気の発症や重症化を防ぐためには、日ごろから歯みがきなどで口腔ケアに努めるとともに、口腔内の洗浄作用や抗菌作用をもつ唾液が十分に分泌されること、感染症を抑える免疫力を保つことが大切です。口内 細菌

口腔ケアが不十分になったり、唾液の分泌が低下したり、免疫力が弱くなったりすると、口腔内細菌の繁殖を抑えきれなくなります。

このような状態を放置しておくと、繁殖した口腔内細菌が気管支を通して肺に入り、肺炎を起こすリスクが高まります。また、細菌が傷口などから体内に入ると、血流にのって全身の臓器に炎症を起こすことも少なくありません。

さらに、全身麻酔下で行う大きな手術や化学療法、放射線治療などを受けることは高い治療効果が期待できる一方、からだへの負担が大きく、免疫力を低下させる要因となります。

口腔内細菌が繁殖し、免疫力が低下した状態では手術や化学療法、放射線治療などが行えず、疾患が重症化して入院期間が延長し、社会復帰が遅れることにもつながりかねません。

周術期等口腔機能管理は、こうしたリスクを避け、予定された治療の有効性、安全性を十分に確保する上できわめて重要です。

周術期の口腔ケアは人生100年時代をすこやかに生きる条件

周術期等口腔機能管理は、歯科のある総合病院や大学病院では院内の医科医師と歯科医師が連携して行いますが、地域のかかりつけ歯科医院が歯科のない病院と連携して行うケースもあります。

神奈川県では、すでに横浜市と横浜歯科医師会、横浜市立大学病院の3者が連携協定を結び、周術期等口腔機能管理の推進に取り組んでいます()。
県内の他地域でも、こうした取り組みを行う「周術期連携歯科医院」が増加しています。

横浜市周術期連携歯科医院図 横浜市周術期連携歯科医院(https://www.yokohama-oralcare.com/)

全身麻酔下での手術や化学療法、放射線治療を受ける際には必須の対策といえますが、予約診療を主とする歯科医院に医科医師から急に患者さんを紹介された場合、十分な管理を行う時間が取れないことも少なくありません。

このため、かかりつけ歯科医院をつくり、定期的に受診して口腔管理を徹底し、ご自身でも日ごろから適切な口腔ケアに努めることをお勧めします。

かかりつけ歯科医院の指導のもとで口腔ケアに努めること、その上で周術期等口腔機能管理を受けることは、人生100年時代をすこやかに生きるための条件といってよいでしょう。

参考文献

横浜市歯科医師会 周術期に関するホームページ

柿宇土敦子. 医科歯科連携による周術期等口腔機能管理の成果.静岡赤十字病院研究報. Vol.42(1):2022.

中尾紀子,鵜飼孝. 周術期等口腔機能管理におけるかかりつけ歯科医の役割. 保健医療科学.Vol.69(4)p.357-364:2020

 

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石川 博之
神奈川県歯科医師会 会員
Green Dental Clinic 緑園

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