「歯科医院はコロナ感染リスクが高い」って本当なの?
- 2023/02/07
- 歯とお口の基礎知識
「歯医者さんに行きたいけれど、新型コロナウィルスの感染リスクが高そうだから、やめたほうがいいんじゃないか?」と不安に思っている方も多いと思います。でも、そんなことはありません。
今回は、歯科医院へ行っても感染リスクは決して高くない、ということについてお話ししたいと思います。
この記事の目次
歯科医院では、感染予防対策をしっかり行っています
まず、歯科医院ではそもそも、新型コロナウィルス以外にも多くのウィルスや細菌などへの感染を防ぐために、ふだんから予防策をしっかりと講じています。
新型コロナウイルスだけでなく、ノロウィルスやはしか、風しんなど、私たちの身の回りには感染を引き起こす可能性のあるウィルス、細菌などがたくさん存在していますし、歯科の治療を通じては、肝炎ウイルスの感染リスクが以前より指摘されています。1)ですので、さまざまな対策をもともと行っているのです。手指の衛生を保つこと、防護具を着用すること、医療器材の洗浄・消毒などがそれにあたります。洗浄・消毒に際してはその作業工程を区域に分けて汚染が広がらないような細やかな配慮もしています。
このようないわゆる「標準予防策」に加え、さらに新型コロナウィルスへの対策もしっかり行っています。神奈川県歯科医師会では4月に「新型コロナウイルス感染症対応室」を立ち上げ、「新型コロナウィルス感染症への対応指針」2)も作成し、県内の歯科医院と迅速な情報共有をはかっています。詳しくはこちらのリンクをご覧ください。最新の科学情報を集め、きわめて厳密に対応をとっていることがわかっていただけるかと思います。
ほとんどの歯科医院では、緊急性のない患者さんには積極的に来院を控えるように伝えています。これにより、患者さんに外出を控えてもらい、患者さん自身の感染や移動による感染リスクの低減、院内での感染防止に努めているのです。神奈川県歯科医師会でも、多くの会員が診察の数を減らし、診察日や診療時間も短縮するなどして対応しています。
また歯科医院の中では、待合室や治療室での人口密度をできるかぎり小さくし、さらには発熱など感染が疑われる患者の診療も避けるようにもしています。そうして、患者間での感染や、医院内での感染拡大が起きないよう、細心の注意を払っているのです。
ではなぜいったい、「歯科医院は感染リスクが高いのでは?」と言われてしまっているのでしょうか?
なぜ、「歯科医院は感染リスクが高い?」と言われているの?
こうした言説が広がったのは、3月下旬から4月上旬にかけ、歯科医院が新型コロナウィルスの感染リスクが非常に高いという報道がいくつもなされたことによる、と思われます。
これらの報道の多くは、3月15日に報じられたアメリカの新聞・ニューヨークタイムズ紙の記事をもとにしているようです。また最近(5/12)もVisual Capitalistというメディアの記事を元に再度日本でも報道がありました。
[The Workers Who Face the Greatest Coronavirus Risk – The New York Times]
https://www.nytimes.com/interactive/2020/03/15/business/economy/coronavirus-worker-risk.html
https://www.visualcapitalist.com/the-front-line-visualizing-the-occupations-with-the-highest-covid-19-risk/
こちらに載っている図が、しばしばテレビを始めとする報道や、SNSでよく引用されています。様々な職業の人たちについて、どれくらいコロナウィルス感染のリスクが高いのか、ということを示した図になっています。
これを見ると、図の右上に「Dentists」つまり歯科医師がいるのがわかります。つまり、歯科医師は大変感染リスクの高い職業である、というふうに読めてしまうのです。
しかしこの図から、歯科医師は新型コロナウィルスに著しく感染しやすい、と考えるのは明らかに間違っています。
この図自体は、何かの科学論文の引用ではなく、新聞社で独自に作成したものです。O*NETという米国労働省が運営する職業に関する総合的なデータベースを論拠としていますが、実は2年前(2018年5月)のデータを用いているのです(先に引用したVisual Capitalistの記事も同じくO*NETのデータベースを利用しています。)
図の横軸は、「仕事中の他人との近接距離」を示しています。歯科医師は当然のことながら、患者さんときわめて近い距離にいますので、図の右端に位置することになります。
いっぽう縦軸は、「病気や感染症への暴露の度合い」を示しています。こちらは、下の方から「なし」「1年に1回以上」「月に1回以上」「週に1回以上」「毎日」となっていて、病気や感染症の種類についてはどんなものかは制限していません。歯科医師は日々患者さんを診ているわけですから、当然「毎日」になります。そうすると、図の一番上に位置することになります。
つまり、仕事で病気(どういった病気かは問わない)に接し、その病人(どういった症状かは問わない)との近接が高い職業である歯科医師は、感染のリスクが高い、というのが、この図の理屈です。
でも、そんなことで、本当に歯科医師はコロナウィルスに感染しやすいということになるんでしょうか?
ウィルスに感染した人と多く近く接することと、実際に感染することとは全く違うことは、皆さんもおわかりでしょう。感染予防対策をしっかりしているかどうか、という要素が抜け落ちてしまっているのです。
ですので、この図から、歯科医師は新型コロナウィルスに感染しやすいと結論付けるのは明らかに間違っていること、おわかりいただけるかと思います。
歯科医院はしっかりと、新型コロナウィルス感染予防の対策を講じています。もちろんその予防策で100%新型コロナウィルスの感染が防げるという証拠があるわけではありません。でも、ニューヨークタイムズ紙が言うように、歯科医師や歯科衛生士が最もリスクの高い職業であれば、明らかに日本でも歯科医師の多くが感染しているということになるはずですが、そんなことはまったくありません。つまりそのこと自体、日本の歯科医院の感染対策が総じて効果的であることを示しているのです。
しかしながら、今回のような報道がきっかけとなって、歯科医院が危険な場所という誤解がすすみ、受診をするのを控えるような空気になっているのはたいへん問題であると考えています。多くの歯科医師や歯科医療関係者が困惑しているのです。
間違った報道を信じず、不急でない歯科治療や口腔ケアをしっかりと
もちろん、全国に緊急事態宣言がなされたような社会状況を見たときに、「不急の治療」については、それを延期すること自体は正しい判断だと思います。診察のために人の移動が発生したり、いわゆる3密の状態が発生したりするリスクが減るのであれば、それに進んで協力をするのは歯科としても当然のことと思います。
しかし、「不急ではない治療」は案外多いものなのです。これについては、こちらの記事もぜひお読みください。
例えば、高齢者施設では通常、歯科医師が口腔ケアのために頻繁に訪れるものですが、いまは歯科医師の立ち入りを拒否しているところも出てきています。こうした施設では、口腔ケアの不足により、肺炎などを発症しやすくなる可能性が高まります。事態が長期化すればするほど、さまざまな問題が早く現れる可能性があるのです。
今後、緊急事態宣言が解除されていったとしても、私たちは新型コロナウィルスとの共生を図っていかねばなりません。
報道によって、不急ではない歯科治療や口腔ケアがなされることなくそのまま放置されてしまうのは、大変大きな問題になると危惧しています。
感染対策強化型 診療所「感強診」について
本会では、新型コロナウイルスをはじめとする様々な細菌・ウイルスに対し、感染防止体制の強化を目的として、県内の歯科医療機関を対象とした「感染症対策強化型 診療所」(通称:感強診・かんきょうしん)の認定制度を開始しました。
認定の審査基準は、厚生労働省および各学会から示されたコロナウイルス感染症に関する連絡文・指針を基に作成し、高い基準を設けています。
神奈川県でコロナ禍でも安心・安全に通える歯科医院をお探しの方、詳細をご覧になりたい方はこちらをご覧ください。
参考文献
1):歯学部並びに歯科衛生士学校の学生を対象に実施したB型及びC型肝炎に対しての意識調査 感染症誌 78:554=565.2004
2):歯科医療機関における新型コロナウイルス感染症への対応指針ver.2 公益社団法人神奈川県歯科医師会 新型コロナウイルス感染症対応室