歯科医院受診は新型コロナウィルスの感染リスクを高めるか?

一部メディアでは「歯科医院を受診することは新型コロナウィルスへの感染リスクを高める。」と報じられている。その真偽について診療に当たる歯科医師に見解を伺った。

歯科医院の受診は、新型コロナウイルス感染においてリスクの高い行為でしょうか?


歯科治療時の新型コロナウイルス感染リスクは他の社会活動と比較してもリスクが高いとは言えないと思います。このような誤報の背景には二つの理由が考えられます。一つはウイルス感染への理解不足、もう一つは歯科医院が行なっている院内感染対策を知らないということです。

しかしながら、この社会状況で一般の方がご不安を抱かれ歯科受診を躊躇されることは当然のことです。従いまして、今からお話させていただくことをお知りになってもなおご不安であれば、かかりつけ医とご相談のうえ治療を延期されることも決して否定されるものではありません。

ウイルス感染への誤解についてご説明いただけますか?


病原体等に晒されることを暴露と言いますが、病原体(新型コロナウィルス)への暴露=感染という誤解があります。
感染は病原体が体内の細胞の中に入り込んで増殖することですから、病原体の暴露が直ちに感染というわけでありません。

新型コロナウイルスで言えば、ウイルスが気道の細胞内に入り込んで増殖しなければ感染は成立しないわけですから、その確率は暴露よりも体の抵抗力に大きく依存していると言えます1)。
ただし暴露量がおおければ感染リスクは高くなるとは思われます。

「ウイルスに触れたことが直ちに感染したということでない。」ということはわかりましたが、歯科治療中は大量のウイルスを浴びているということは事実でしょうか?


事実ではありません。他の社会活動と比較しても歯科治療中の暴露は非常に少ないと言えます。

新型コロナウイルスには接触と飛沫の二つの感染経路があると言われていますが、接触経路に関しては、歯科医院が日常的に行なっている院内感染対策2)、機器の滅菌や消毒、グローブの交換、医療者の無菌的操作等で予防することができます。
皆様が心配されていることは、歯を削る器具から出る水しぶきでウイルスが診療室内に撒き散らされこれを浴びてしまうのではないかというご心配ではないかと推測されます。
この水しぶきによってお口の中から舞い上がる水霧をエアロゾルを言いますが、エアロゾルの約70%は器具から出た水で残りの部分が削片や体液ですから、これに含まれるウイルスの量はくしゃみや咳により飛沫する唾液に含まれるウイルス量と比べて非常に少ない量であると言えます。また、エアロゾルは飛沫直後に沈降するので飛沫域はごく狭いエリアに限定されます。従いまして特別な対策をしていない歯科医院であっても暴露は比較的多くはないと言えます3)。

更に、治療前の患者様に薬剤を用いたうがいへご協力いただいたりラバーダムシートという材料を使用している歯科医院では飛沫するウイルス量はより少なくなり、エアロゾルの80%を吸引する口腔外バキュームという装置を使用している歯科医院では診療室内でのウイルス暴露は非常に少ないと考えて良いと思います4)。これら全てに加えて、陽圧換気状態の個室診療で診療室の壁や天井をラッピングして診療毎に交換している歯科医院では診療室内でのウイルス暴露はないと考えて良いと思います。

歯科医院は感染リスクが高いという誤解の根源は、The New York Timesによる「The Workers Who Face the Greatest Coronavirus Risk」5という報道の影響と考えられます。
この記事は、米国労働省のデータベースから
①感染者と接する頻度(Exposed to Disease or Infections)
②人との物理的な距離(Physical Proximity)
という2つの指標を用い、あらゆる職業のリスクをグラフ化しており、歯科関係者(歯科衛生士等)のリスクが最も高いという結果を示しています。
しかし、ここでは前段の防護対策効果は全く加味されていません。医療関係者にとって常識である感染対策を度外視し、頻度と距離という2つの視点だけで見れば、医療関係者、特に歯科関係者のリスクが高くなるのは当然と言えます。
この記事のグラフ部分のみを強調し、また、暴露と感染の定義を混同して拡散するようなメディアや個人によって、インフォデミックな社会状況が形成されていると考えられます。

「今まで通り安心して歯科治療が受けられるのに社会政策への協力が理由で治療が受けられない。」というというのは自身の健康が心配になります。


ご心配はありません。
ご来院者様の数を減らすということは患者様お一人当りの治療時間を通常よりも長く確保できるということですから、1回のご来院で通常よりもたくさんの治療を受けることができるということでもあります。

「1回の治療で通常よりも多くの治療を受けることができる。」と言うのは患者にとって嬉しい情報です。

暴露対策を目的とした外出自粛に加えて健康管理も大切なことです。それは、良い栄養と睡眠を摂り、気道の温度と湿度を保ち、体の免疫が下がらないようにするということです。
私達は、必要な歯科治療や定期メンテナンスが滞ることで、食事が摂れない、良く眠れない、あるいは、気道の状態を悪くする等によって皆様のお体がウイルスに抵抗できない状態になってしまうことを危惧しております。

「ウイルスに負けない健康状態を保つと言う意味で歯科治療を滞らせることは良くない。」ということがわかりました。最後に県民の皆様へメッセージをいただけますか?


先ず歯科医師として、皆様の自粛ご協力よって歯科医療が守られていることに対しまして深く感謝申し上げます。未曾有の事態に際しては様々な誤報が散見されるものですが、この度皆様の健康被害を生じかねない誤報が散見されるようになりましたので、現在の社会状況における歯科治療の在り方についてご報告させていただきました。

繰り返しとなりますが、皆様が歯科治療によって新型コロナウイルスに感染するリスクは極めて小さく、これらに加えて医療従事者の健康管理も徹底して行なっておりますので、現在歯科治療を受診されていらっしゃる方々あるいはご検討されていらっしゃる方々におかれましてはご安心いただきたく存じます。

また同時に、神奈川県歯科医師会の多くの会員歯科医院では、ご来院者様の数を減らすことで患者様の交通機関の利用機会や待合室の3密を減らすべく取り組みもしております。

県民の皆様におかれましては、通院不安がおありでしたら、かかりつけ歯科医にご遠慮なくご申告され、ご納得された上で、少ない通院回数でまとまった治療をお受けになる、あるいは、適切な治療延期をされる等して、必要な歯科治療を滞らせることなくご自身の健康を管理し、ウイルスに負けない健康状態を保っていただきたく存じます。

参考文献

1) Early Transmission Dynamics in Wuhan, China, of Novel Coronavirus–Infected Pneumonia, Qun Li, M.Med., Xuhua Guan, Ph.D., Peng Wu, Ph.D., Xiaoye Wang, M.P.H., Lei Zhou,M.Med., Yeqing Tong, Ph.D., Ruiqi Ren, M.Med., Kathy S.M. Leung, Ph.D., Eric H.Y. Lau, Ph.D., Jessica Y. Wong, Ph.D., Xuesen Xing, Ph.D., Nijuan Xiang, M.Med., et al., The NEW ENGLAND JOURNAL of MADICINE, March 26, 2020
2)院内感染対策, 小林隆太郎, 日本歯科医師会雑誌第71巻第6号別冊, 平成30年9月
3)Guidelines for Infection Control in Dental Health-Care Settings 2003, William G. Kohn, D.D.S., Amy S. Collins, M.P.H., Jennifer L. Cleveland, D.D.S., Jennifer A. Harte, D.D.S., Kathy J. Eklund, M.H.P., Dolores M. Malvitz, Dr.P.H., CDC, December 19, 2003
4)歯の切削に伴う飛散粉塵濃度と口腔外バキュームの位置による除塵効果, 大橋 たみえ, 石津 恵津子, 小澤 亨司, 久米 美佳, 徳竹 宏保, 可児 徳子, 口腔衛生学会雑誌p.828-833, 2001年51巻5号
5)The Workers Who Face the Greatest Coronavirus Risk, Lazaro Gamio, The New York Times, March 15, 2020

執筆者のご紹介
高橋滋樹

神奈川県歯科医師会・秦野伊勢原歯科医師会 会員

〒259-1132
神奈川県伊勢原市桜台1丁目11−24
ハート歯科 院長 添田博充

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