よく噛めばこんなに得をする

「よく噛めばこんなに得をする」と東京歯科大学の長谷川正康・名誉教授は断言しています。

よく噛めば、

1.アゴの発達を促す

2.大脳への適度の刺激を与える

3.味覚が発達する

4.肥満防止に役立つ

というのです。これは神奈川県歯科衛生協会第7回総会(平成8年5用)の特別講演会で話されたものです。聴衆の反響は大きく、あちこちで話題になっているので再録しました。(文責・広報部会)

よく噛めばこんなに得をする。東京歯科大学 長谷川正康名誉教授

人間の口は、お祭りの獅子舞(ししまい)のように上下が動くわけでない。上の歯は上アゴについていて下アゴが動くだけ、動物園のワニになると両方が動く。

人間の赤ちゃんは、下アゴの発達で周りの筋肉や骨が育ち、永久歯の発達を促す。赤ちゃんは母乳を吸うことで、口の形が良くなり、母親とのスキンシップもできて精神的にも好影響を及ぼす。噛むことで頭が良くなるなんていわれるが、そんなことはない。頭の良い、悪いは遺伝子の問題であって、ここでは関係ない。しかし、よく噛めば頭脳明せきになる。

噛むことで大脳へ適度の刺激を与え、血液循環が良くなるからだ。寝たきりのベッドにいるボケ患者に「入れ歯」をつくってあげたら、1ヵ月後にガムをかんでベッドから起きて身の回りの整理をはじめている。噛むことによってボケ症状があるていど止まったのだろう。

車を運転するのにガムを噛みながら走行すると眠くならず、ガムを噛んでいないと注意力が散漫になって事故を起こしやすいというガム会社の調査がある。ガムよりもスルメの方がもっと長持ちしていい。高速道路を走るなら途中、休憩してコーヒーでも飲んだ方が有効だろう。試験の30分前にガムを噛んで臨んだら成績が良かったという話もある。

証明する材料はないが、理論的には、よく噛んで頭をすっきりさせていった方がいいと思う。

よく噛むとダ液がたくさん出ることで代謝が活発になる。ダ液には殺菌性があり、ホルモンの分泌を促す。噛めば噛むほど味覚が発達する。ダ液は、発がん物質を抑える。たばこのヤニにも効果的だ。エイズにも大丈夫だ。最近の文献だとキスしても心配ないが、まあ、止めておいた方がいいだろう。それよりも、焦がした魚は、食べない方がいい。

塾通いの子どもが夜のホームを汚している。ハンバーグやウィンナー・ソーセージの嘔吐物だ。塾へ行くのに時間がなくて、丸飲みしてきたため気持ちが悪くなり、噛みくだかれないまま吐き出してしまったという。食べ物は30回噛めといわれる。しかし、豆腐やプリンはそんなに噛めるわけはない。

「どの位噛めばいいか」と尋ねられるまま歯科医は30回と答えるわけで、卑弥呼の時代と違って、今はそれほど噛まなくていい食品も多い。要は、ゆっくりとよく噛みくだくこと、個人差もあるので一概にはいいようがない。パン類を食べると清涼飲料水や乳酸飲料水を飲みたくなる。甘味のものを摂取すると、血糖値が上がってまたのどが渇く。この繰り返しが意識の混濁を招いて急性の糖尿病をひき起こす。

甘味料の常用は、子供の歯の質を確実に悪くするし、赤ちゃんの場合は、とくに乳歯を痛めるので将来への悪影響ははかりしれない。

人には、よく噛めという私だが、実は自分ではやっておらず78キロまで太ってしまい、階段を上がるにも息切れがするようになった。これではいけないと、十分噛んでゆっくり食べるようにして77歳のいまは62キロまで減量した。いままでガツガツ食べていた物を、よく噛むことによって食膳に残すようになった。さらに減量に努めたいと思っている。

<プロフィール>

東京歯科大学名誉教授 長谷川正康先生(はせがわまさやす)

略歴:

1920年 東京本郷に生まれる

1942年 東京歯科医学専門学校卒業

1975年 東京歯科大学教授

1981年 東京歯科大学水道橋病院院長

1983年 東京歯科大学大学院歯学研究科長

1986年 東京歯科大学名誉教授

著書:

むしばのたはごと上・下(書林)

噛む・歯は生命(求龍堂)

頭をよくする歯の噛み合わせ(新星出版)

歯科の歴史おもしろ読本(クインテッセンス〕

歯の風俗誌(時空社)